人に好かれるセリフ
「私は、こうだった」⇒「あなたは、そうだったんだね」
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このページはVoicy「澤円の深夜の福音ラジオ」1467回を、文字起こし・編集したものです。
【陥りやすい罠?】
世の中には、いろんな製品・サービスがあってですね。
まあ、お店とか、オンラインストアとか、そういったところで手に入れることができるわけなんですけれども。
その便利な世の中においてですね、いろんなそういう製品やサービスを出している会社っていうのは、あの手この手で使ってくれる人・買ってくれる人・利用してくれる人っていうのを探して、そういった人達に対してアプローチをするわけなんですけれども。
「そういう時に、考えた方が良いかな~」っていう、ものすごく原理・原則みたいな、当たり前の話をしようかなと思います。
というのも最近、ちょっとそういう体験を何度かしてですね、「あ、やっぱり、こういうアプローチよりも、こっちの方が良いかな~」なんていうことを考えたので。
指示代名詞ばっかりでしたけれども、ちょっとその辺をまとめてですね、お話しようかなと思います。
非常に素敵な製品とか、サービスとかっていうのを受けたり、手に入れたりとかした時にですね、「気持ち良く手に入れたりとか、購入したりとか、サービスを受けたりとかする時と、そうじゃない時とあるな」っていう、「この差は、何なんだろうか?」ということなんですけれども。
「その紹介をされた時、主体がどっちか?」ってことなんですよね。
主体が僕の方だとですね、非常に受け入れやすいんですよね。
”これは、きっと澤さんに似合いますよ。きっと、澤さんはこれ気に入ると思いますよ。澤さんは、これ好きじゃないですか?”みたいな感じで言われると、”どれどれ?”っていう風に興味も持つし。
そして、実際に使ってみたり、触ってみたり、身に着けてみたり、食べてみたり、サービスを受けてみたりした時に、「あ、僕向けにやってくれてるな」っていう風に感じられたら、もうこれはですね、すぐにゲットなわけですね。
”わぁ、これは素敵ですね。気に入りました、ありがとうございます”っていう流れになるわけなんですけれども。
そうじゃない場合っていうのは、これ何かっていうと、製品やサービスが主体になってる時ですね。
「この製品は(このサービスは)、××という製法を使って作られており…」とかですね、「〇〇さんという素晴らしい方が考案して…」とかですね、それはそれで、すごいことだとは思うんですけれども…
僕、関係ないですよね?あまりね??
そのストーリーに、僕自身がめちゃくちゃ興味を持った上で、さらにそれを深堀りしていくんだったらいいんですけれども、それが図り切れていない段階で、そのストーリー一本槍みたいな感じで「グワーッ」と来られるとですね、「他所でやってくんねぇかな」って、僕は思いがちなんですよね。
これ、人に依るのかもしれないんですけれども。
とにかく僕は、その製品やサービスっていうものの、所謂こだわりポイントみたいなところをですね、やたらめったらこう押し付けてくるタイプのサービスや製品って、好きじゃないんですよね。
これ、別に一般化するつもりはなくって、「僕自身は、そうですよ」というのと。
あと、プレゼンテーションにおいてもですね、原理・原則みたいな感じで言ってるのは、あくまでも、プレゼンテーションにおいて重要なのは、正しい情報とかですね、自分なりのこだわりとかではなくって、「オーディエンスが、受け取りやすいかどうか」。
つまり、「プレゼントとして、受け取りやすいかどうか」。
”プレゼンテーションは、プレゼントだ”と、僕言ってるので。
「プレゼントとして、受け取りやすいかどうか」というのが、これがポイントになってきますよ、っていうことなんですよね。
そして、「先程の製品やサービスっていうものの話を、プレゼントに置き換えると、ちょっとわかりやすくなるかな~」と思うんですけれども。
「誰かにプレゼントをあげる時に、”これは、きっとあなたに見合うと思って、買ってきました”とか、”あなたに喜んでもらいたいと思って、これをお持ちしました”という風に、プレゼントをあげるんじゃないかな」と思うんですよね。
それはですね、”今持ってきたこのプレゼントは、3時間ぐらい並ばないと手に入らないもので、そして、こだわりの製法によって、どこそこで修行したパティシエが一生懸命作った、そういったお菓子なので、あなたは、ありがたくこれを食べるべきである”って言ったら、”いらんわ”って話になりませんかね?
少なくとも、受け取って美味しいと思っても、なんかモヤると思うんですよね。
少なくとも、僕は、そうなんですけれども。
たしかに、「3時間もかけて、それゲットしてくれたんだ」っていうのは嬉しい話ですし、それだけの希少価値の高い物が、自分のところに届いたっていうことは素晴らしいことなんだけれども。
果たして、それを受け取る人間というのは、「自分である必要があったんだろうか?」って、ちょっと疑問なんですよね。
つまり、先程の製品主体の説明っていうのは、相手が誰であっても使える、非常に汎用性の高い用法ではあるんですけれども、「汎用性が高い」っていうことは、「相手が誰でもいい」っていうところにもつながりかねないので。
そうすると、「自分じゃなくてもいいんだな」って言う風に相手に感じられた場合には、まあ、正直ですね、気持ちが萎えちゃう可能性があるんじゃないかと思うんです。
これ、むちゃくちゃ汎用的な商品とかだったら、別ですけどね。
そうなった場合には、「自分のために」とかっていうところはあんまり重要じゃなくって、どっちかっていうと、「値段が安い」とか、「皆が使ってるから、品質が安心である」とか、そんなところが売りになってくると思うんですけれども。
特に、例えば、ハイブランドとかですね、ちょっと値の張る物とか。
そういった物に関して言うと、やっぱり、「自分に合うかどうか」っていうのが、すごい重要なんですよね。
恋愛的には、例えば、ステータスという物を目的に手に入れたりとか、身に付けたりとかっていう物に関して言うと、それは製品の方が主体になることは、ぼちぼちあると思うんですけど。
今は、だいぶそういう傾向って、廃れてきているような気がするんですよね。
「自分の人生を生きましょうよ」というのが、これ世界的な流れにもなってきていて。
「ハイブランドの方も、ブランディングだけで勝負して売れるような時代と言うのは、ちょっと終わりを迎えてきているのかな~」っていう感じがするんですよね。
これは、いろんなそういう道に詳しい人達っていうのから、聴いたお話ですけれども。
ですので、「そのストーリーっていうものと自分とが、うまくマッチングするかどうか」とかですね。
あるいは、ものすごく変わっていて、それを身に着けるだけで差別化ポイントになるような物。
そういう物だったら、「まあ、ありかな」と思うんですよね。
これ、そういえば、カミさんが教えてくれた話なんですけど。
超ハイブランドのショップの店員さんっていうのは、はっきり言ってしまうと、オシャレっていうものに詳しいかっていうと、必ずしもそういうわけじゃなさそうなんですよね。
そのブランドのストーリーだったりとか、歴史観とか、そういったものにはすっごい詳しいんだけれども、オシャレというものに、すごくアンテナが高いとは限らないと。
もっと言うとですね、そういうブランド物のところに寄ってきて、そればっかり買い漁る人っていうのは、ぶっちゃけダサいというか、感性がそれほど磨かれていないので、ブランドあるいは財力という物を武器にして、それをカバーするという戦略をとっているという、そういう考え方らしいですね。
「なるほどな~」とは、思うわけです。
まあ、そういう人達っていうのは、たしかに、そういうところに寄ってくるんですけど。
これ、ぶっちゃけ、誰でもいいわけじゃないですからね。
相当な財力がないといけないわけで、「そういう人達でないと、ちょっとそういうところには行けないっていう話になるかな」と思うんですよね。
そして、普段ですね、そのハイブランドのような物っていうのを、商品やサービスとして扱っている人っていうのは、全体から見れば、おそらく少数派ですよね。
世の中には、いろんなサービスとかお仕事とか、そういったものがありますけれども。
それってのは、今のような超富裕層とか、無理してでもお金を払うような人達相手のビジネスっていうのは、どちらかというと少数派で。
もっともっとですね、裾野っていうのは広くって。
その広い裾野の中で、最も大事なのは何かって言うと、「サービスや製品を買ったり、受けたりする側のストーリー」ということになるわけですよね。
まあ、この辺はですね、ほんとに僕なんかよりもよっぽど詳しい人って、世の中にはたくさんいてですね。
僕が偉そうに、何か講釈垂れるようなものでもないんですけれども。
ただ、僕は、最近自分の体験として、それをちょっと実感したので。
自分の頭の整理も兼ねて、今日はちょっと喋ってみたんですね。
そして、やっぱりですね、サービスを立ち上げたばっかりとか、製品を作ったばっかりで、「世の中に認知して欲しいな~、もっと広まって欲しいな~」っていう人が陥りやすいのが、それを主体にして一生懸命ピッチ押したりとか、いろんなところでアピールをしたりとかっていうことなんですよね。
”これ、すごいんですよ~。これ、素晴らしいんですよ~”っていうことなんですけれども。
もちろん、それはそれで1つのアプローチではあるんですが、それよりはですね、もう1つ。
やっぱり、「相手のことを考える」ってのもそうだし。
あとですね、自分自身を魅力的に見せて。
要するに、製品とかサービスとかの方じゃなくって、それを扱っている人というのを魅力的に見せると、これはですね、ぶっちゃけ、何を売ろうとも必ず売れるんですよね。
”あなたが言うなら、買いましょう”、”あなたがやってくれるんだったら、そのサービス受けましょう”みたいな感じで、いろんなものが自動化していくと。
結局は、なんかよく言いますけど、「全ての仕事は、人で決まる」みたいなことをですね、いろんな人が言うわけなんですけど、「これ、ホントだな」と思うんですよね。
物とかサービスじゃなくって、「誰がやるか」の方が遥かに大事で、その「誰がやるか」っていうところで魅力が発揮できると、「相手が誰であれ、必ず売れる」という図式になるんですね。
ということで、いろいろ考えたんですけれども、「良い仕事をするためには、自分自身が魅力的になる」っていうことが、何より大事なんだなというですね、これまた、非常に当たり前の結論に至ったところで、コメント返しです。
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