人に好かれるセリフ
「そのつもりはなかったので」⇒「そういう認識はしていませんでした」
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このページはVoicy「澤円の深夜の福音ラジオ」1504回を、文字起こし・編集したものです。
【ボリス・ベッカーの記事を見て確信した】
昨日ですね、過去というのをテーマに、ちょっとお話をしたんですけれども。
今日もですね、その過去の成功体験について、ちょっとお話しようかな~と思います。
というのもですね、今日なかなかショックデカめのニュースを見たので、これをテーマにしようと思ったわけなんですけれども。
何かって言うと、ボリス・ベッカーっていうですね、テニスプレイヤー。
正確には、元テニスプレイヤーですね。
が、なんと、刑務所に入れられる。
二年半だったかな?
懲役を言い渡されたっていうニュースを見たんですね。
僕からするとですね、ボリス・ベッカーっていうのは、超スーパースターのテニスプレイヤーなんですね。
僕、そんなに詳しいわけじゃないんですけれども、まあまあテニスを見るのが好きで。
特に、1980年代~2000年ぐらいまでの間は、結構見てたんですよね。
所謂、グランドスラムと言われる大会は、中継があればそれを見るという程度には、テニス好きだったんですよね。
自分はほとんどやらなくって、やってもまあヒドいもんなんで、見る専門なんですけれども。
何人か、すごく好きなテニスプレイヤー、印象に残っているテニスプレイヤーっていうのがいて。
間違いなく、そのうちの一人というのが、このボリス・ベッカーなんですね。
17歳の時に、ウィンブルドンで優勝。
これ、最年少優勝だったんですけれども、ノーシードで勝ち上がっていって、最終的に優勝しちゃうと。
そして、最年少の男子のチャンピオンっていう新記録を打ち立てて。
これ、マグレじゃなくってですね。
その後に、何回もグランドスラムで優勝してるんですよね。
Wikipediaをちょっと見てみるとですね、すごいんですよ、ほんとに。
6回優勝してるんですけれども、全豪オープンが2回と、ウィンブルドンが3回と。
そして、全米オープンが1回ということで、トータル6回優勝してるんですよね。
いやこれ、すごいことだと思うんですよね。
1回でも優勝するのメチャクチャ大変なのに、6回も優勝してるわけですから。
ほんとにこの人は、テニスプレイヤーとしては凄まじい成績を収めた人なんだな~と思いますね。
もちろん、優勝賞金もすごい金額で、2500万$。
今、円安の日本円に換算すると…32億円ぐらいですかね。
なんと、そんな金額を稼いでいるわけですよ。
いや~、すごいですよね。
そんなボリス・ベッカーさんなんですけど、僕は前、「ほんとにこの人、すごいプレイヤーだな~」と思って、ファンだったわけなんですが。
今日なんと、刑務所に入るということがですね、ニュースになって報道されていたわけです。
いや~、ちょっとショックですね。
なにしろ、テニスプレイヤーっていうのは、すごく洗練された暮らしをしてる人達がやるっていう、そんな印象があるわけですね。
要は、幼少期から、すごくお金をかけてもらって。
そして、そのお金をかけられるっていう家に、そもそも生まれなきゃいけないし。
そして、お金をかけてもらって。
且つですね、かなり紳士的なスポーツでもあるので、そういった振る舞いも含めて教育を受け。
そして、やっとトップランカーになれるっていう、そういう印象があるんですよね。
僕は、格闘技もやるので。
格闘技をやる人達っていうのは、全然違うんですね。
ほんとに、海か人かが全然苦手なんだけれども、腕っぷしだけが強くって…って、そういう人達が大活躍をする、そういう側面もあるわけなんですけれども。
テニスに関して言うと、道具代とかは、他のスポーツに比べると割と安く済むのかもしれないですけど。
だけどですね、まずテニスコートがあるっていうこととか。
あるいは、そこでしっかり練習ができるとかってなると、かなりお金がかかるし、育ちが良くないとできない。
あるいは、選ばないスポーツの代表格っていう印象があるんですね。
これ、事実かどうかは、ともかく置いておいてですね。
僕は、そういう印象を持っているわけなんですけど。
そして、そんなに外れてもいないんじゃないかな~と思うんですよね。
そのテニスというスポーツの中で、トップを極めた人がですね。
なんと、最後は刑務所に入ると。
そして、記事の中でですね。
非常に、印象深いエピソードが書かれてたんですけれども。
”テニスプレイヤーを引退した後に、「自分自身が、何者であるか」っていうことがわかんなくなっちゃった”っていう風に言ってるんですよね。
そして、”パスポートに職業として、何を書けば良いのかわからなかった。元テニスプレイヤーって書けば良いのか?”っていうような言葉をですね、インタビューで残したらしいんですね。
これは、大変だっただろうな~と思うんですよね。
つまり、テニス以外に自分を支えるものはなく。
そして、その支えてくれているテニスというスポーツの中では、これ以上はないっていうぐらいの成功を収めたわけですから。
基本的に皆、羨ましがるわけですよね。
「あなたのようになりたい」っていう風に思う人が、わんさかいるし。
そのトップになるっていうのを、17歳で体験しちゃったっていうところが、彼にとっては不幸の始まりだったとも言えるということなんですね。
17歳の時の成功体験っていうのを、ずーっと一生引きずって生きていくっていうのは、なかなか大変だと思うんですよね。
例えば、80年生きるとしたら、17歳の時の成功体験を63年間、一生懸命保って生きていくわけですから。
これは、結構大変かな~と思うんですね。
一本足打法だけでいくってなると、結構大変だと思うんですけれども。
やっぱりそこからですね、成功体験をアップデートしていくというのが、すごく大事かなと思うんですね。
もちろん、その成功体験というものが、価値が薄れることは絶対ないんですけれども。
ただ、それに依存して生きるかどうかっていうのは、全く別問題なんですね。
そして、ベッカーさんの場合には、”引退した後は、「自分が何者か」というものを見失ってしまった”という風にインタビューで答えているわけで、メッチャ気の毒なんですよね。
もちろん、元テニスプレイヤーっていうのは、一つの強烈なタグにはなるんですけれども。
ただ単に、「昔テニスをやって大活躍をしていた、ボリス・ベッカーという、一人のカッコ良い男性ですよ」っていう生き方が選べれば良かったんですけどね。
ただ、その選び方というのが、本人もわからないし。
その選び方を教える人が、周囲にいなかったというのが、ベッカーさんの不幸だったのかなという風に思うわけです。
成功体験っていうのは、人生を豊かにする上では非常に大事なことだと思うんですけれども。
どうしても、それに固執してしまったりとか、自分のアイデンティティとして肥大化してしまうと、結局その成功体験が呪いに化けていくというのは、前から僕、Voicyでよく話をしていることだと思うんですよね。
そして、残念ながらですね。
これやる人って、メッチャ多いんですよね。
特に、日本の中で数多く生息しているサラリーマンのおじさん達っていうのは、”俺が若い頃は…”という話を、よくしますよね?
これなんかは、まさに過去の成功体験っていうのに依存している証拠とも言えるんですけれども。
まあ、僕からすると、非常にこれってカッコ悪いな~と思っちゃうんですよね。
過去の成功っていうのは、もちろん、自分を自分たらしめる自信になる。
そういう材料にもなりますので、非常に貴重なことではあるんですけれども。
それに依存し過ぎること。
あるいは、それを更にですね、外に押し付けることっていうのは、ぶっちゃけカッコ悪いという風に思うんですね。
そして、過去にうまくいったことに、やたらめったら固執するっていうのは、結局アップデートできていないっていうことですから。
まあ、成長してないってことなんですよね。
そして、若宮和男さんの「価値観の凝りをほぐすアート思考ラジオ」という番組が、Voicyの中にあるんですけれども。
若宮さんの昨日の放送かな、これは。
”ハラスメントについて「昔はよかった」と言う人の何が間違っているのか?”っていう放送をされているんですけど、noteでもコテンパンに書いていてですね。
非常に、スカッとする感じだったんですけど(笑)
これ、何かって言うと…
”昔は良かった、昔はこういうことができた”っていうことをグチグチと言うですね、映画監督の人がいるっていう、そこからちょっと話題が盛り上がっていってるんですけど。
つまり、”昔にこういうことができていて、今はできなくなった。これは、時代が悪いんだ”っていう人ですね。
要するに、本人がアップデートできてないだけなんですよね。
時が流れ、時代が進み、それに伴って自分自身もアップデートしていかなきゃいけないのに、”自分の仕事の環境っていうのは、昔と同じでないと自分はできない”とかって言うのは…
要するに、仕事ができない人なんですよね。
”コンディションが整ってないと、仕事ができませんよ”って言うのは、環境に適応できていないだけの話なので。
これはもう、はっきり言っちゃって、仕事ができない人なんですよね。
時代に取り残されているだけの人、という風になるわけなんですけれども。
とにかく、過去の成功体験っていうところから抜け出せずに。
そして、事あるごとに振り返ってしまう人っていうのは、結局のところ、前に進むスピード遅くなりますからね。
もちろんですね、”過去に生きるっていうことを選びます”って言うんだったら、全然僕は構わないと思うんですけれども。
周囲がどんどん前に進む中で、取り残されているという状態は、しっかりと受け止めてですね。
且つ、何と言ってもですね。
「法律は、ちゃんと守りましょうね」ということかなと思います。
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